tovoのりんごジュース、あります!

こんにちは!

今日はとってもおいしいりんごジュースをご紹介します。もちろんストレート!りんご農家さんの本気のジュースです。

数が少ないので、ビビビと感じた方はぜひご来店くださいませ。生産者様のご厚意で、試飲用のジュースもございます。一口飲めば、納得の美味しさです。

ラベルがユニークですね。これは、りんごをモチーフにして「フクロウ」を描いています。

なんとなくデザインを見てピンときた方もいらっしゃるかもしれません。

「tovo(トヴォ)」がつくった、チャリティーりんごジュースなのです。

【tovo(トヴォ)】
2011年3月11日の東日本大震災によって、親を失った子供たちを、青森から支援するプロジェクトです。チャリティーグッズを制作・販売し、その経費を除いた全ての収益を、長期的な子供たちの心のケアの為、あしなが育英会へ継続的に寄付し、青森から「あなたがたのそばにいつもいますよ」と伝え続けます。ご支援、ご協力を宜しくお願いいたします。

WEB tovo2011.com

SHOP shop.tovo2011.com

miageru.でも以前から「tovo plus」というフリーペーパーを置かせていただいていますが、販売という形でご協力できるのは初めてです。

「tovo plus」は、青森県に住む「家族」の写真とインタビューで、東日本大震災以降の「家族」の様子、変化、そしてこれからをフリーペーパーを通して100ヶ月間にわたり伝え続けるプロジェクトです。

そこで、震災当時の私の感じたこと、その後の変化などなどを綴らせていただこうと思います。(誰にも頼まれていません、しかも長いです)

「震災当時、私は青森駅ビル内の無印良品でスタッフとして勤務しておりました。大震災の少し前、ニュージーランドでも大きな地震があり、そのニュースを見て、他のスタッフとなんだかこわいねぇ、こういうことって続くからやだね、気をつけようね、と話した矢先の出来事だったので、とても恐ろしかったことを記憶しています。

ガタッと大きな揺れがおこり、洋服をかけていたハンガーが、のしのしと揺れて、間も無く電気が消えました。

当時、ラビナ(駅ビルの名前)の4階は美容室で(現在美容室は5階にあります)動かないエスカレーターを、頭にタオルを巻いたまま、濡れ髪のお客様がバタバタと降りて行きました。

館内放送の指示があり、お客様の安全を確保して、すぐに避難していただきました。

スタッフはしばらく待機です。大きな破損もなく、何が起こったか全くわかりませんでした。

ようやく1階の避難口に集合となり、しばらく待機ののち、解散になりました。駅の方では、誰かが「津波が来る!」と叫んでいました。

なんで津波?とその時は思いました。そして海とは反対側の自宅へと歩き出しました。

信号はすべて止まっていました。バスには乗らない方が安全だと思いました。

家に帰ってもよくわからないまま、時間だけがすぎていきました。携帯で色々調べたかったけど、いつまで続くかわからない停電、職場からの電話に出られないと困るので、なるべくさわらないようにしていました。

それからしばらく経って、何度か余震があり、停電のたびに休業しながらもなんとか普段の日々を取り戻そうとしていました。

物流体制が整うまで、品薄状態が続きました。「今」必要なものは、いつまで経っても手に入りませんでした。

いつもモノであふれていた世界が、あっけなくこんなことになってしまうなんて、信じられませんでした。こんなに危うい世界だったのに、私は何に安堵して暮らしていたんだろう。

この時の気持ちが、私の創業の理由の1つです。

悔しかった。とてつもなく悔しかった。無力な自分、そして何も考えずに生きていた自分。このままではいけない、そう思いました。

3月といえば、新生活の準備。進学、就職、転勤、引っ越しに伴う家具のご購入が、1年で一番多い月、いわゆる繁忙期です。

あの時ばかりは、いつもと様子が違っていました。

就職先が、ない、流れた。

進学先と、全く連絡が取れない。

立ち入りできない地区だが、近くまで行くしかない。

多くの方が、不安を抱えていらっしゃいました。でも、みなさん口を揃えて、「でも仕方ない、命があるだけ、よかったと思う。もう決まっていることだから、わからないけど、行くしかない。」

あんなに悲しい繁忙期は、後にも先にもありません。

 

私には何ができるかな。

自問自答してたどり着いたこたえの1つが、「miageru.」です。

私にできることなんて、たかが知れています。まだまだ未熟です。だけど本気で生きよう。死ぬまで本気で生きよう。

そう、心に決めて、今日まで過ごしています。

これからも、それは変わりません。」

miageru. 金原蓉子